恐怖とは何か、死とは何か、生きるとは何かー
世界が絶賛!! 第91回アカデミー賞(長編ドキュメンタリー賞)受賞!
映画『フリーソロ』の裏側を描いた傑作ノンフィクション! 世界最大級の断崖絶壁、エル・キャピタンを命綱なしで登る、アレックス・オノルドの物語。
▶世界最大の崖に命綱なしで挑む男
アメリカ・カリフォルニア州ヨセミテ国立公園。ここにロッククライマーの聖地と呼ばれる崖がある。エル・キャピタン。地上900メートルを越える断崖絶壁だ。
毎年、世界中から多くのクライマーたちがやってきてこの崖を登る。もちろん、彼らは落ちても死なないようにロープやハーネスを使う。
そんな中、何も使わずにこの断崖を登ろうとする男がいた。彼の名は、アレックス・オノルド。助けなし、命綱なし。全身の神経を指先に集中させ、何時間もかけて頂上を目指す。まさに前代未聞の挑戦である。
頼りになるのは、己の四肢と勇気のみ。一瞬でも足を滑らせれば、岩を掴み損なえば、数百メートル下の地上に激突する――。
この史上最大の挑戦を追った映画『フリーソロ』が公開されたのは2018年。映画はアカデミー賞を受賞するなど、世界中で絶賛された。本書は、そんなアレックスをはじめ、彼を支えた人たちと、かつてエル・キャピタンに挑んできた伝説のクライマーたちの歴史を追った、傑作ノンフィクションである。
▶死の危険と隣り合わせの挑戦
「……人が死ぬのなんて見たくない」
『フリーソロ』の監督ジミー・チンは、アレックスの計画を聞いたときはそう思っていた。自分が撮影している中、崖から人が落ちるなんて、考えただけでもゾッとする。やるべきか、やらないべきか。ジミーは眠れない日が何日も続いたという。
本書の著者であるマーク・シノットも同じことを思っていた。彼はザ・ノースフェイスのグローバルアスリートチームに所属し、クライマー兼作家として数々のロッククライミングの記事を書いてきた。
それこそ、多くの記録を打ち立ててきた世界屈指のアルピニスト、アレックス・ロウや、命知らずの伝説を残してきた“闇の魔術師”、ディーン・ポッターとも交流があった。そんな彼が、今最も注目していたのが、アレックス・オノルドだった。
マークはアレックス・オノルドの力を誰よりも理解していたし、彼の挑戦を応援するつもりでいた。それでも、彼もまた、アレックスのことを心配していた。なぜなら、彼は知っていたからだ。多くのクライマーたちが山で命を落としてきたことを。
何度も言うが、フリーソロは命綱がない。一つのミスが死につながる。
マークはその危険性を何度もアレックスに説いたが、彼はいっこうに耳を貸さない。
「誰しも交通事故で死ぬ可能性がある。タクシーの運転手だってそうだ。でも、彼らは死なない。それと同じさ。僕にとってクライミングとは自動車の運転みたいなものなんだ」
そう言って一笑に付すだけだった。
▶手に汗握る! 地上900メートルの圧倒的恐怖に打ち克てるか
2017年6月3日、5時32分。
薄闇の中、アレックスはおもむろにチョークバックに手を突っ込む。いつもの赤いTシャツと黒いパンツ姿。最初の足がかりを見つけて、少しずつ登り始める。ゴールは高さ900メートル先の頂上だ。
12分後、アレックスは4ピッチ目終了点にある小さな台座に到達した。彼は腕を伸ばして左足の靴のシューレースを解いてかかとだけ出し、右足も同じことをした。その上には、最初の難関となるスラブピッチがあった。アレックスは下に目をやる。すでに地上から100メートル以上の高さに達していた。その目は大きく見開かれていた。
「見ていられないよ」カメラマンのマイキー・シェイファーはファインダーから目を背けた。長い朝になりそうだった……。
生きるとは、いったい何か。
命を落とす危険と隣り合わせの中で、ビッグウォールに挑む。その瞬間、生きていることを感じる。「今、生きている」ことを感じるために、彼らは恐怖に立ち向かう。
本書は、皆さんにクライミングの魅力だけでなく、一人のクライマーの人生を通して生きることの意味を教えてくれる。
強烈な“生”を味わえ!!